金属の強度において引き合いに出される「引張強度」は、その名の通り試験片の両端を引っ張ってどこで破断するかを表したデータです。看板の現場では、高い負荷が掛かる部分の構造材としてアルミ合金を使うことはまずありません。
壁面看板であれば壁にピッタリと密着することにより、捻じれや引張などの負荷を看板枠が受けるわけではありませんし、建植看板、その他のパネル看板でも、アルミの看板枠を本体鉄骨などに固定する構造が多いため同様です。
アルミだけで地上塔や突き出し看板、支柱もアルミの建植看板を製作することは稀です。押し出し材の形状の自由度を生かしたメーカー既製品は比較的大型の看板でも見受けられますが、我々町工場において、従来は鉄で製作してきた看板を、オールアルミで製作するすることはほとんどないと思います。あるとすればきちんと対策が取られるか、ごく小規模なものに限られるでしょう。
ゆえに、「引張強度」は看板の実用上ではあまり意味がないかな、と思います。
(規格看板やノックダウン方式のアルミの看板は、接合部や負荷が掛かる部分には鉄が使われており、アルミだけで作られているわけではありません)
看板枠に使われるアルミ角パイプは、30×30-1.5 T5が多いと思います。この材料で製作したパネル看板は、木枠や鉄のアングル枠の看板と比べて捻り方向に対して強度が高いですが、これはアルミだからではなくて、角パイプを溶接して製作しているためです。軸組みすると同時に箱型の構造になっているということです。
A6063で壁面行灯や地上塔、突き出し看板を製作する場合は、アルミが良い悪いの話ではなく、構造や施工方法の方が問題になると思います。
それでは、アルミを看板で使用する上で、最も問題になるのは何でしょうか。
一番身近に起こりうる問題。アルミに対してビスが効くかどうか。これですよね。
これを分かりやすく立証したいと思います。
ビーム型のトルクレンチ。
これは私がバイクの整備に使っているものです。
トルクレンチと言いますと、プリセット型のものをイメージされる方が多いと思います。
プリセット型は、予め締め付けたいトルク値を設定しておくと、その値に達すると内蔵されたバネが負けて「カチッ」と音がするもの。
ビーム型はレンチの本体が撓ることによって、今現在どれだけのトルクで締めているかが分かるタイプのものです。
テスト1。
鉄とアルミと同じ板厚の時、それぞれがどれくらいのトルクまで耐えられるかをテストしてみます。
鉄とアルミは板厚のラインナップが異なり、また弊社の在庫の問題もあります。
鉄はL4-50を2枚重ねて溶接、8mmを作りました。(鋼材はどれも大体、表示サイズよりも薄く、今回はノギスで測ると7.50mmでした)
アルミはA5052の4mm板を2枚重ねて溶接、8mmを作りました。(ノギスで測っても8.00mm)
A5052はA6063T5より強度が高いですが、アルミ合金全体で見ますと、概ね同じレベルです。
この2種にM8のタップを立てて、どれくらいのトルクでねじ上がりするかを検証します。
ちなみに、M8ボルトは、締め付けトルク目安が12.5Nm、参考ねじり強さが16.9Nm。
ねじは締め付けていくと、ミクロの世界でバネのように伸び、緩めると戻ります。伸びが限界を超えると破断します。
ねじり強さはいわば使用MAX値で、一般にその70%程度のトルクが適正締め付けトルクと言われています。
本当は4mmのピアスビスで実験したいのですが、トルクが小さすぎてトルクレンチで測ることができません。
まず、鉄で試してみます。
25Nm程度までは普通にトルクが掛かり、30Nmでねじ上がりを起こしました。
外してみると母材側のねじ山は健在で、ボルトのねじ山がなくなっていました。これ以上の締め付けトルクを必要とする場合は、ハイテンションボルトを使うことで対応できます。
次にアルミ。
10Nmくらいで既に怪しい感触です。12Nm程度で、気づいた時にはねじ上がりしていました。ねじ上がりする瞬間の感覚が乏しいです。粘土っぽいんですよね。
外してみるとボルト側は傷んでおらず、母材側のねじ山がなくなっていました。
同じ板厚では、アルミは鉄の半分以下のトルクでねじ上がりすることが分かりました。
そしてアルミは、標準締め付けトルクですらねじ込むことができないことが分かります。
テスト2。
4mmのピアスビス(ドリルねじ)を、トルク調整式のドリルドライバーで締めこんでみます。
使用するマキタドリルドライバーは、各目盛りにおけるトルク値は公表されていませんが、各径のボルトを締めつける際に、目盛りを幾つに合わせればよいかを示した表があります。
これからしますと、目盛りが「2」の時は1.5Nm、「4」で2Nm、「6」~「8」で3Nm程度であることが推測できます。
看板枠によく使う、A6063角パイプ30×30-1.5に4mmのピアスビスを各トルクで打ち込みますと、「4」ではねじ上がりしませんが、それ以上ですとクラッチが効くことすらなく、一発でねじ上がりしてしまいます。
4mmのピアスビスの締め付けトルクの目安は3.29Nm、ねじり強さが4.7Nmですから、1.5tのアルミ角パイプの場合はその3分の2程度=2Nm強でねじ上がりしてしまうことが分かると思います。
鉄のL3-30で試してみますと、目盛りMAXの「16」でもクラッチが効き、ねじ上がりしません。10Nmくらいのトルクが掛かっても大丈夫ということです。鉄とアルミでは5倍以上の開きがあります。
テスト3。
4mmのタッピングビスを、同じくトルク調整式のドリルドライバーで締めこんでみます。
テストするのは、30×30-1.5のA6063角パイプと、0.5tの鋼板、1.0tの鋼板です。
看板で使われるスパンドレルは、多くは0.5tの鋼板だと思います。
板厚が薄いため、最大の保持力を試すべく下穴なしで打ち込みます。ちなみに、1.5tのA6063角パイプは、タッピングビスでも下穴なしで打ち込むことができます。
1.0tの鋼板は目盛り「10」でねじ上がり。A6063の角パイプは「6」でねじ上がり。
A6063の1.5tは、1.0tの鋼板よりもはるかに小さい力でねじ上がりしてしまうんです。
0.5tの鋼板は、「4」でねじ上がり。A6063の1.5tよりは、0.5t鋼板の方が早くねじ上がりしました。さすがに薄いですからね。
1.0tの鋼板は3Nm近くまで保持力を保ちますが、A6063は2Nm、0.5tの鋼板は1.5Nm程度でねじ上がりするということです。A6063の1.5tは、0.5tの鋼板よりは保持力が高いです。
目安ではありますが、A6063の1.5tは、0.6~0.8t程度の鋼板と同程度のねじの保持力しか持ち合わせていないということです。
上記全ての実験結果を総合判断しますと、鉄とアルミ合金の板厚が同じ時には、アルミ合金は半分以下の保持力。
アルミ合金は、半分~3分の1程度の厚みの鉄と同等の保持力。
1.5tのアルミ角パイプに4mmのピアスビスを打ち込んだ際は、鉄の3tのアングルのせいぜい20~30%の保持力しかないと考えられます。
単純計算で、アルミ合金に4mmのピアスビスを使うには、4mm以上の厚み、5mmピアスビスは6~8mm、6mmピアスビスは6~12mm程度の板厚が必要になる計算です。
A6063の30角の角パイプなどで組まれた看板枠に対しては、負荷のかかる箇所でピアスビスは使用できないということです。照明器具などは取付できません。
複合板を張る場合にも注意が必要ですね。